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ココロを軽くする話

話を聴くプロ☆心理カウンセラーのブログです。

2020年6月29日

いちいちじぶんのことを幸せかどうか確認しなくていいよ

今、しあわせかどうか

常にじぶんを見張って

しあわせかどうかを確認するために

誰かとくらべて

ないものを見つけたら落ち込んで

ないものを持ってたら

優越感にひたって

でもすぐ

そんなじぶんを嫌悪。

そうやって

見張って

くらべて

落ち込んで

嫌悪して

そんなことにエネルギーを使って

疲れてるって

ばからしいね。

じぶんを見張るのやめてみよう。

あ、またやってるな

って気付いたら

その都度やめてみよう。

そんなことより

そのときじぶんがやりたいこと

やろう。

お菓子たべるとか

ゴロゴロするとか

スマホ見ながらダラダラするとか

ゆっくり好きな本を読むとか。

しあわせかどうかを気にしなくなったとき

ふとしたしあわせに気付くよ。

Posted 足立信子 : 10:17 | いちいちじぶんのことを幸せかどうか確認しなくていいよ |

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2020年6月15日

意味なく生きていい

「生きてることに意味はあるんだろうか。」

昔からずっと考えてきた。

「意味は自分で見つけるんだよ。」

とか

「意味なんかないよ。たまたまだよ。」

とか

スピリチュアルな意味合いとか色々あるけど

答えを出せないまま

答えを出さないまま生きてきた。

ふと

【意味なく生きていい。】

って言葉が浮かんできた。

意味なく生きてたらダメな気がしてたんだなぁ。

なんか意味付けをしないと、いけないと思ってたんだな。

ぼーっと生きてたらいけないと思ってたんだな。

なぁんだ。

いいんだ。

別に意味なく生きていいんだ。

そう思ったら、なんだか気持ちが軽くなった。


Posted 足立信子 : 11:28 | 意味なく生きていい |

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2020年6月11日

怒りは悲しさの裏返し

生きてると

イライラしたり
ムカついたり
腹立たしくなること、ありますよね。

たとえば
列に並んでたのに、順番抜かしをされた。

あとで食べようと思ってたのに、黙って食べられた。
(食べ物の恨みは、おそろしい。)

とか。

こういうとき、一瞬にして「ムカっ!」とするけど、
実は怒りって悲しさの裏返しなんです。

自分をないがしろにされて悲しい
→腹が立つ。

自分の大切にしてるものやコトを、ぞんざいに
扱われて悲しい。→腹が立つ。

自分の中で、どうしても怒りがおさまらないときは、
「そうか、私、悲しいんだな。」って、気付いてあげて。

「大事にされてないように感じて、悲しかったんだね。」って。

これに気付くと、すぐに怒りが消えなくても、
少しずつ落ち着いてきます。

「そうか、そうだよね、ひどいよね。」って。

今度、怒ってるひとがいたら、
「あの人、怒ってるけど、ほんとは悲しいんだな。
何に対して悲しんでるんだろう。」って考えると、
対応の仕方も見えてきます。

よかったら、参考にどうぞ。

Posted 足立信子 : 10:36 | 怒りは悲しさの裏返し |

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2020年6月8日

やさしさを受け取れないとき

やさしさを受け取れないときって、
あるよね。

バカにされたように感じたり

イライラしてて、うっとうしく感じたり

下心でもあるの?と思ったり。

そんなときは、何かがあなたを
苦しくさせている証拠。

その優しさを受け取ったら、
どんな怖いことが起こると思う?

それ、ほんとに起こるかな。

あなたは、やさしくされてもいい人。

あなたは、助けられてもいい人。

自分にいちばん厳しいのはじぶん。

もっと、肩の力を抜いて、やさしさを受け取ろう。

Posted 足立信子 : 13:58 | やさしさを受け取れないとき |

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2020年6月5日

分厚いお好み焼きも、薄いお好み焼きもどちらもおいしい

私はもともと、分厚いお好み焼きが好きなんですけど、
夫は薄めが好き。

厚いのより、薄い方がおいしいって何回も聞いてると、
なんかそんな気がしてきて、しばらく厚いのは
食べなかったけど、

久しぶりに食べたら、厚いのも食べ応えがあって、
やっぱり美味しい!

これって、今、自分が持ってる色んな価値観にも
言えること。

生まれ育った家で、親から
「あれはいいけど、これはよくない。」って親の
価値観の中で育ってきたら、こどもはそれしか
知らないから、それが当然だと思う。

親と違う意見を言ったら、親に否定されたりして、
「自分は間違ってるのかも?」って思ってしまう。

お好み焼きの例えで言うと、自分は分厚いお好み焼きが
好きなのに、薄いお好み焼きが美味しいと言われたら、
なんか今までの好みが間違ってたような気がして、
分厚いお好み焼きを食べなくなる。

で、何が言いたいかと言うと、今あなたが持ってる
色んな価値観って、よくも悪くも育ってきた環境によって
身に付いたもの。

だから、それが絶対正しいとか
絶対悪いとかない。

その世界では、その価値観が主流だっただけ。

で、あなたが大人になって、その価値観で
苦しむようなことがあるなら、それ、
書き換えてもいいんだよ。

それは、あなたの自由。

じぶんの思う「しあわせのカタチ」も、
親や世間の思う「しあわせのカタチ」の影響を
受けてる。

それ、ほんとにあなたが欲しいカタチかな?

しんどい思いをしてまで、どうしても手に入れ
ないといけないものかな?

どうしても手に入れたいですか?

あなたの思う、「好き」「きらい」も必ず、
誰かや何かの影響を受けている。

なんか、しんどいな、生きづらいなって思うことが
多いなら、自分の価値観をいったん棚卸しする
タイミングに来てるのかも。

あなたの思う「しあわせのカタチ」って、
なんですか。

Posted 足立信子 : 12:43 | 分厚いお好み焼きも、薄いお好み焼きもどちらもおいしい |

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2020年6月4日

それがあなたなのかも、しれないね。

今の自分が嫌で
自分を変えたくて
一生懸命向き合って
色々やってみても
変わらないなら

それがあなたなのかも、しれないね。

変わろう、変わりたいと思うほど
切り捨てられようとする部分は
必死にしがみついてくる。

余計に存在感を増してくる。

私はあなたの一部なの。
だから捨てないでって。

それがあるから、あなたはあなたで
いられるのかもしれない。

捨てたいあなたと、捨てられたくなくて
しがみついてくる、あなたが捨てたい部分。

いったん、捨てるの諦めちゃいませんか。
もしかして、捨てる必要がないから
捨てられないのかも。

捨てずに、持ち方を変えてこのまま一緒に
過ごしていくこともできるよ。

Posted 足立信子 : 09:54 | それがあなたなのかも、しれないね。 |

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2020年6月2日

自分のダメなところを認められる人

自分のダメなところや、できないことを
認められる人って、とっても強いと思う。

ダメなとこって、すでに自分で
充分過ぎるぐらい分かってて、

でもプライドがあるし、
「頑張ったらなんとかなる。」とか
「本気出せばもうちょっと出来るようになる。」
とか考えて、なかなかストンと自分で認められない。

でも、きっと認めてしまった方がラク。

認められたら素直に「助けて。」って言える。
そしたら、その分、自分のできることに
力も時間も注げる。

イライラすることも減る。
周りに八つ当たりすることも減る。

出来ないことを手放せば、自分のできることで、
誰かを助けられるかもしれない。

なのに、なかなか認められない。
まあ、完璧にぜんぶ認められてる人も
少ないと思うけど。

でも、「認められる」人と「認められない」人の
違いって、なんなんだろうって考えてみた。

ちなみに私は、認められない派です。

認められない派の思いとしては、
出来ないことを自分で認めてしまったら、
呆れられて、バカにされて、周りから
見捨てられると思ってる。

え、こんなこともできないの?
普通、だれでも出来るよね?
出来ない人は迷惑。

そんなことを言われるんじゃないかって、
内心ビクビクしてる。

じゃあ、逆に「認められる人」は、
どんな風に考えてるかと言うと、

人には誰だって、出来ないことがある。
出来ないことがあるけど、出来ることもある。

これを、自分に許せてると他人も許せる。
そりゃ、出来ないことあるよねって。

自分に厳しくないから他人にも厳しくない。

自分を受け入れてるから、他人からも受け入れられる
と思ってる。見捨てられるとは思わない。
自分も誰かを見捨てないから。

この違いって、ほんと大きい。

鶏が先か卵が先かっていう言葉があるけど、
同時進行で少しずつ育てていけばいいと思う。

「出来ないこと」を少しずつ認めて、カミングアウトして、
周りに「助けて。」ってお願いしてみる。

助けてくれるときも、助けてくれないときも
あるかもしれない。

でも、すべての場合に誰ひとりとして助けてくれないって、
ない。

そうやって、出来ない自分をさらけ出して、
助けてもらう経験を積み重ねて、
「あ、これでも大丈夫なんだ。」って体感する。

そうすれば、肩の力も抜けてもっと気楽に、
お願いしたり引き受けたりできるようになる。

今、感じてる生きづらさも変わってくる。

私も、今回のコロナで、これでもかってぐらい、
自分の出来なさを思い知らされたことがあって、

神様ほんとに、もう勘弁してよってなった。

すでに助けてもらってるのに、もっともっと助けてって
言わないといけないことが起きた。

苦しかったし、しんどかったし、たくさん泣いた。
(もともとすぐ泣くんですけど。)

それでも、家族や周りの人は誰も非難しなかった。

私以上に私の出来ないところを受け入れてくれている家族は、
「助けてもらおう。」って、辛抱強く私に寄り添ってくれた。

私の窮状を知って、私の知らないところで
動いてくれている人がいた。

私が、助けを求めた事を知った人からは、なぜか褒められた。

自分に正直でスゴい!
ステキ!
私なら人の目が気になって出来なかった。
苦しいときは、助けてもらったらいいんだよ。
って。

周りは、自分が思ってるよりずっと優しいし、
見放す人はいなかった。

それでも、やっぱりあっけらかんと
「あかん、助けて!」って、すぐには言えないけど、

「なんかあってもだいじょうぶ」って、今は思う。

「助けて」って言えないから「だいじょうぶじゃなくなる。」
ひとりでなんとかしようとするから、どんどんしんどくなる。

今、あなたがだいじょうぶじゃなくても、だいじょうぶ。
勇気を出して「助けて。」ってお願いしてみませんか。

Posted 足立信子 : 14:32 | 自分のダメなところを認められる人 |

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