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ココロを軽くする話

話を聴くプロ☆心理カウンセラーのブログです。

2017年2月3日

誰かと比べるのではなく自分の「変態道」を歩いて行こう

先日、Facebookで
私は「こころの変態」であることを
カミングアウトしました(笑)

昔から心のことに興味があり
目の前の物とか出来事を
すぐに心のことに結びつけます。

単純な例で言うと
段ボールの中に繊細な荷物が入って
いるとき、表に「投げないでください。」って
書いてますよね。

そういうの見ると私は頭の中でつい
変換してしまいます。

「そうだ人生は投げてはいけない。」って。

で、自分が変態だと認めると
なんだか清々しい気持ちになったのです。

引かずにもう少しお付き合いくださいね。

そもそも、変態とかオタクとかマニアって
そんなに悪いことじゃないと思うのです。

誰かに迷惑をかけたり法を犯すことを除いては。

例えば、何かの分野で起業しているひとは
ある意味その分野の変態です。

料理が好きなひとは、色々味付けや彩りを
考えたりするのがきっと楽しくて、料理が嫌いな
人からすると、そのひとは立派な料理の
変態です。

「仕事のプロフェッショナル」というテレビ番組に
出てくるひとなんて、その仕事における変態の
オンパレードです。(すいません。)

もっと言うと、大学の教授の方で、自分の興味の
あることをひたすら研究している人なんて超変態
です。

羨ましいことに、お金をもらいながらその研究に
没頭できて、その変態ぶりをテレビとかでさらけだして
「すご〜い!」とか言われたりします。

普段、変態と聞いたらどんな人たちを思い浮かべ
ますか。

私は鉄道好きの人達を思い浮かべました。

あの人達はとっても楽しそうで、しかも
自分の「変態道」を持っています。

写真を撮るのが好きなひと。
乗るのが好きなひと。
特定の備品を集めるのが好きなひと。

みんな自分の「変態道」を極めていると
思うのです。

もうすぐ心のことに繋がるので、
ついて来てくださいね。

で、この人達の「変態道」って決まった
ルールやマニュアルがないんじゃないかな、
と思ったのです。

例えば、お茶やお花だと「〇千家」とか
「〇〇流」とか、基本の型があると思う
のですが(そこを崩してもいいのかな。
細かいところは横に置いておきますね。)

自分の「変態道」って、決まったルールが
なくて、自分が興味のあることについて
自分の思うままにのめり込んでいく
イメージがあるのです。

「変態たるものこうでなくてはいけない。」って
いうルールありませんよね。たぶん。

そこで、こころの変態の私は気が付き
ました。

みんな「自分という固有の変態を
堂々と生きればいいんじゃないか。」って。

特に何かにのめり込んでいなくても

あなたという個体は地球上にあなたひとりです。

その容姿で、その性格で、その価値観を
持ったひとはあなただけです。

そっくり同じひとは誰ひとりとしていません。

たとえば、あなたをひとりの「変態」だとみなした
場合、誰かの真似なんかする必要はまったく
ないんです。

だいぶ心のことに繋がってきました。

あなたは、本当は唯一ただひとりの
「変態」なのに、他の誰かと比較して

「こんな変態じゃだめだ。」

「こんな変態じゃ評価してもらえない。」

「認めてもらえない。」

「あの人みたいにならなくちゃ。」

って、考え出すと、自己否定の罠に
はまっていくのです。

人からの評価や自己否定が、いい意味で
自分の成長のエネルギーになるなら
問題ないと思うのですが

自分を責めて卑屈になって
自己否定感を持つ材料にしてしまって
いたら、もったいないと思うのです。

もう一度言います。

あなたという「変態(個体)」は
地球上にただひとりです。

誰かとまったく同じようになろうと
思ってもそれは、意味のないことです。

卑下せず堂々と、楽しく自分の思う
「変態道(人生)」を歩いてみてほしい
のです。

人と比べてスゴイとかすごくないとか
全然関係ないんです。

あなたがやりたいと思ったなら
やっていいんです。

やりたくないと思ったら
やめていいんです。

あなたもまずは心のなかで「変態宣言」
しませんか。

「私、実は変態なんです。」って。

なんか、気持ちが清々しくなるかも。

Posted 足立信子 : 10:44 | 誰かと比べるのではなく自分の「変態道」を歩いて行こう |

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