育児の正解
育児に正解なんてない
今 私なりの答えがあるとするなら
「子どもが自分なりに人生を過ごしていけるように」
それだけ
どうなってほしいとか
何をしてほしいとか まったくない
どこで何をして暮らすのか
日本で暮らすのか
海外で暮らすのか
ひとりで住むのか
誰かと住むのか
「自分なりに人生を過ごしていく」と書けばひと言だけど
たくさんの要素がある
人とのコミュニケーションの方法を知ることは必要
文字通り食べていくこと その方法
今は 私たちが育った昭和とは価値観も環境もまったく違う
子どもが大きくなる頃には さらに変化が大きくなっている
今 言われている価値観が将来はどうなっているか分からない
まったく変わっている可能性も大いにある
何が正しくて何が間違っているか どう捉えるか
自分は どう思うのか
その感覚や考えを醸成することを邪魔しないようにしようと思う
今 年長クラスの子どもが
今朝は久々に保育園に行きたくないと登園しぶり
きっかけは
一緒にやっていた朝の準備がうまく行かず
時間をかけて気持ちを聞いたり寄り添ったりするも
気持ちの乱れがおさまらず「今日は休む」の一点張り
今日はカウンセリングの予約がなかったので
「じゃあひとまず準備をして行ってみよう クラスの子に会ったら気持ちが変わることもある 気持ちがどうなるか実験してみよう 変わらなかったら帰ろう」と約束して出発
園に到着し クラスの子にも会い 先生にも事情を説明し
本人に再度 気持ちを確かめてみる
「今日はどうする?気持ちはどう?」
「今日は帰る」
「分かった」
そのまま 先生に託すこともできましたが
それはしませんでした
なぜかと言うと約束を破ることになるから
親と子も人間同士
信頼関係が築けていなければ 今後 何を話しても
「そう言うてるけど 分からんしな」となり関係性が築けない
子どもにとっては家族や家庭がはじめての「社会」です
「親」が嘘をついてだましたり ごまかしたりすると
「大人ってそういうもんなんや」
「それでいいんや」と肌感覚で学びます
このとき
あまり善悪の判断はありません というかできません
「こういうものなんだ」と吸収するのみ
ただ 信頼していた親に騙されたり裏切られることは
子どもにとってショッキングな出来事です
で 先生にさよならしたあと どうしたかと言うと
本人と相談し まず私の希望でコンビニでおやつを買い食いし
大き目の公園でいっぱい歩いて青空や紅葉を楽しみ
図書館に寄って帰ってきました
「明日は行く」と朝から約束をしていたけど
明日の朝の状況でどうなるかは分かりません
人によっては「甘い」「甘やかしてる」と感じるかもしれません 私も もしカウンセリングの予約があったら無理に行かせていたかもしれません
ただ将来的に 本人が何かに迷ったりつまずいたときに
「とりあず 話してみよう」という選択肢に
親が入っていられるような存在でありたいと思うのです
普段から 頭ごなしに言ったり 本人の気持ちを聞くことをしなければ
「どうせ 聞いてもらえない」
「分かってもらえない」
そう思って 心をひらくことさえしないかもしれない
と えらそうにここまで書きましたが
「甘やかし」と「甘やかしではない」との間のラインを引くのはいつも自分であり それが適切なのかどうなのかは分かりません
「甘やかし」もときには必要なのかもしれません
今まで書いたように正解のないのが育児です
私もネットやテレビの育児情報を参考にします
でも それが目の前の子どもに合うのか合わないのか
やる側の自分の性質や やる能力があるのかないのか
さらには
そのときの体調や時間などの余裕にもよります
だから 結論として「育児に正解はない」
自分の思う暫定的な「こうするのがよいのでは」を
積み重ねていくしかないのかな と思うのです
みなさんはいかがですか
育児に関しては
他にも色々な思いを抱えていますが
長くなりそうなので またの機会に書きますね
子どもは 歩き疲れたのかソファーで寝落ちしています
今週はそんな週のはじまりでした
ではでは また書きますね