車をぶつけたときのおはなし
去年の夏ごろ、お店を利用して駐車場から出ようとしたとき電柱に車をぶつけました。いわゆる自損事故。
気が動転していたのもあって、言っておいた方がいいかと思い「車ぶつけました!?」とお店に伝えると「ああ」「はあ」という反応。
せまくて電柱が見えにくい位置にあるので「お客さんあるある」なのかもしれないし、敷地外なのでお店には関係ない。補償する必要もない。もしかしたら、過去に話を聞いてもめたから関わらないようにしているのかもしれない。
大きいお店や施設には「駐車場内の事故については一切責任を負いません」と、よくかいてある。確かにそう。そうなんだけど、長年通っているお店なので「だいじょうぶですか」のひとことぐらいあってもいいんじゃないか、と勝手に悲しくなる。
こういうときに「「自分なら」かけよって、一緒に車を見て何か声をかけるのにな。」と思って、でもそれは相手に求めすぎなんだろうなと気付く。
相手には相手の事情や感情があって「してくれない」と怒っても、こっちがイライラするだけ。フラットにとらえれば「このひとはこういう場面でこういう反応をするひとなのね。りょうかい。」。以上。あくまでその店のサービスを利用しているのであって、そこまでの対応は求めすぎなのかもしれない。それでも「いやでもさ」と割り切れない気持ちも残る。「ひとにやさしくしてほしいんだな」と自分のきもちにも気付く。
「世の中はやさしくない」「人間はつめたい」と拡大適用しそうになって思いとどまる。あの人達がそうだっただけであって、人間全員がそうじゃない。決めつけると自分がしんどくなる。あの人達にも事情や理由があるんだろう。勝手に期待しないようにしよう。そう思ったできごとでした。
アドラーの「他者はあなたの期待を満たすために生きているのではない」。まさにこれ。裏をかえせば、じぶんも他者の期待を満たすために生きなくていい、ということ。
じゃあ、じぶんの好きなようにやればいいかと言うとそうもいかない。なかなかめんどくさい。このへんのバランスをうまくやれるひとは、生きづらさも少ないのかもしれない。映画監督の宮崎駿さんも「大事なことってたいてい面倒くさい」とおっしゃっています。
週の後半、木曜日。今日もやっていきましょう。
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